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撫子の刻

 

「撫子の刻 ~江戸川乱歩『人間椅子』より~」

Time of Nadesico
~From Edogawa Ranpo "Human Chair"~

 

腐蝕銅版画

200*150 mm


 男からの原稿用紙を読み進めると、男の異様な卑屈感、卑屈からくる貞節、膨れ上がる思慕が展開の気味悪さを煽り、ついに佳子がこれまで肌を接していた日用家具の中身を思いゾッとする恐怖へと、クレッシェンドのような布石がシーン全体を覆っている。その中で男が、佳子が自分を受け入れるかどうかを確かめるために、撫子の鉢植えにハンカチをかけてくれというシーンだけがなんとも美しく感じられ印象的であった。現実世界の気味悪さとは裏腹に、歪んだ男の世界では対面への期待が咲き乱れているかのようだ。


撫子の花言葉は、貞節、純粋な愛、思慕、そして才能―――

 

 男の純粋な慕情と職人としての才能が融合した結果、常軌を逸した奇行の末、圭子を震撼させる文章を手紙に綴ることとなった。そう紐解くと、撫子は男自身の象徴と捉えることができる。人気作家として才能を振るっていた佳子に対して送られてきた原稿用紙。はたして佳子が恐怖したのは男の思慕に対してか、もしくは文筆家としての立場を震わす男の文才に対してか・・・。前者のように読み取るのが作者の意図するところであろうが、どちらにせよ佳子にとっての恐怖は計り知れないものだろう。


 本作品では現実世界における気味の悪い椅子と、二人を繋いだ原稿用紙(しかしそれは佳子の手から離れ落ちている)、そして男の歪んだ期待に乱れ咲く撫子の花を描いた。


おしべもめしべも無い撫子の花は、男の貞節な思慕が成就し得ないことを暗示している。